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勉強法の商材屋が嫌い

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勉強法の商材屋はインチキ

多くの勉強法noteの大半は、実際には学習の仕組みや条件の違いをまったく考慮しておらず、個人の経験を一般的な法則として語っているにすぎません。勉強の効果は、本来、学習者の背景知識、目標、時間、環境、精神的負荷への耐性、興味の度合いといった複雑な要素によって左右されます。勉強法noteではこうした要因を無視して、このやり方が一番効率的だと強調することが多いです。そのため再現性や普遍性がほとんどない情報を振りかざしていることになります。

 さらに、勉強法noteの多くは、読者が本当に必要としている具体的な状況に応じた判断材料ではなく、これさえすれば伸びるという幻想を売ることに主眼があります。要するに、情報そのものを価値として提供しているのではなく、読む側の期待や不安を刺激して購買や閲覧を促しているだけです。内容も結局は、多くの人がすでに知っている一般論を言い換えたものにすぎません。

東大生の勉強法のインチキ

「東大生が教える勉強法」という類のコンテンツの問題は、彼らが自分の学力や成果を“勉強法の優秀さ”に帰属させている点です。実際には、東大に入るような人たちは、幼少期からの環境、家庭の文化資本、学校のレベル、基礎学力の高さ、認知能力の個体差など、学習技法とは無関係な要素で強く有利な位置にいます。このような前提条件の優位によって成績が伸びただけなのに、それをまるで特殊なテクニックのおかげであるかのように語るのは、因果関係のすり替えです。読者は「東大に入ったのだから、この人は勉強の方法を知っているはずだ」という誤った前提を持ちやすく、その期待を利用して方法論を売る構造は搾取的です。

 また、東大生自身の成功体験を普遍的なノウハウに変換してしまうという論理の飛躍も大きいです。学習の効果は個人差・科目・目的・環境によって大きく変わるため、ひとりの“成功例”を一般化する根拠は基本的に存在しません。サンプル1の体験談が、再現性を備えた方法論として扱われてしまっている時点で、情報としての価値はほぼゼロです。

  加えて、東大生の勉強法は、彼らが持つ潜在的な能力を前提にしているため、一般の学習者には再現不可能なことが多いです。読解速度が速い、抽象化能力が高い、集中が長時間持続する、基礎がすでに整っている、などの前提があるからこそ成立するやり方を、あたかも誰にでも有効であるかのように語るのは不誠実です。

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